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ホームセンターの棚|加藤諦三『言いたいことが言えない人』

カウンセリングの聞き取りの中で、
看護師さんに聞かれた。

「他に何か、言われたこととか、覚えていることはありますか」

なぜ、その記憶を思い出したのかは、覚えていない。

小さいことだった。

けれど、三十年分の記憶の中から最初に浮かんできたのは、
ホームセンターの棚のことだった。

目次

「棚、いるか」

小さいころ、家族全員で、ホームセンターに行った日のことだ。

母が、私に聞いた。

「棚、いるか」

本当に、うれしかった。

あのころの私は、
何かを買ってとねだっても、いつも無視されていた。

無視、だ。

そうしているうちに、いつからか、
ねだることすら、できなくなっていた。

だからその日、
珍しく母の方から「いるか」と聞かれて、
本当にうれしかった。

けれど、
「物を欲しがるのは悪いこと」だと思い込まされていた私は、
曖昧な返事しか、できなかった。

車の中で

車に戻ったあとだ。

私は母に聞いた。

「あれ、買わなかったの」

母は、ぴしゃりと言った。

「我が家では、はっきりと欲しいと言わない限り、買いません!!」

とても冷たく。

突き放すように。

ショックだった。

とても傷ついたことを、いまも覚えている。

そして、隣で運転していた父は、
何も言わなかった。
まるで何も聞こえないかのように。

今思えば、それが私が育った家のデフォルトだった。

母が子どもを冷たく突き放す。
父はまるでそれが全く聞こえていないように無関心を貫く。

欲しいと言えなかったのでは、ない

大人になって、この記憶を並べ直してみる。

ねだる。

無視される。

ねだれなくなる。

そして最後に、
「欲しいと言わないから、買いません」と突き放される。

欲しいと言えない子どもに育てておいて、
欲しいと言わないことを、罰する。

私は、どうすればよかったのだろう。

ただただ「私の母親はひどく冷たい人だった」という結論にしか辿り着けない。

迎合の、いちばん幼い形

前の手紙にも書いた、
『言いたいことが言えない人』という本がある。

そのままの自分では嫌われると思うから、
人に迎合するようになる——
そういうことが書いてある。

大人になってからだとわかるが
「自分の言いたいことを言えないように仕向けられる」育て方だったのだ。

あの日の曖昧な返事は、
迎合の、いちばん幼い形だったのだと思う。

欲しい、と言って突き放されるくらいなら、
最初から、欲しくないふりをする。

あの店の通路で、
11歳の私は、きちんとそれを身につけていた。

欲しいと言って突き放され、
欲しいと言わないと突き放され。

11歳の私には、荷が重すぎた。

三十数年、経った

この心の傷は、誰にも気付かれないまま、
長いあいだ、私の中に居座り続けてきた。

でも、この傷が自分にどう作用しているのかは全く気が付いていなかった。

もしあなたも、
遠慮が、癖になっている人なら。

それは、生まれつきの性格ではないと思う。

欲しいと言って、
受け取られた経験が、なかっただけだ。

欲しがることを、悪だと思っているかも知れない。

それは、思わなくていい。思わないでほしい。

欲しいものを欲しいと言える訓練が、私たちには必要だということを、まず理解しよう。

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