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子どもを抱っこすると、動悸がした|「最初は泥水しか出ません」

会社を辞めれば、治ると思っていた。

動悸のことだ。

仕事が忙しくなると、動悸が起きた。
選挙で仕事が立て込んだ時期は、
家に帰ってから、
激しくなる鼓動と一人で向き合った。

家では、一歳の双子が待っていた。

食事は台所で、立ったまま済ませた。
座って食べれば子どもたちが寄ってきて、
私の食事や口元をベタベタと触りだす。

双子には楽しいパパとの遊びなんだろうが、
こちらには、手を洗わせ、着替えさせるという仕事が増えるからだ。

夜泣きは、交互に来た。

妻の体力も限界だったから、
泣くたびに私が抱きに行った。

放っておけば泣きやむのかも知れないが、
あの心を刺すような泣き声はとても放ってはおけない。

誰にも、頼れなかった。

親とは、距離を置いていた。

それでも私には、確信があった。

仕事を辞めさえすれば、この動悸は治まる。

目次

仕事を辞めても、動悸は治らなかった

けれど、治らなかった。

会社を辞めても、動悸はむしろ激しくなった。

それでも、すぐには行けなかった。

実は会社にいたころ、一度だけ、
仕事の合間に精神科へ電話をかけたことがある。

誰に相談したらいいのかわからず、
グーグルの口コミを頼りに選んだ医院だった。

「もしきょうこれから受け付けてくれるなら、行こう!!」

そう決めて、電話をかけた。

電話口の女性は、淡々と言った。

「前日までに、予約が必要です」

それきりに、なった。
それ以降、電話できるテンションにならなかった。

取材のアポなら、難関な相手からも取れたベテランの記者が、
自分のための予約を一本、入れられなかった。

予約を入れるということは、
「あす、自分は精神科に行く」と、
前の日に決めておくということだ。

自分が精神科に行く人間なのだと、
一晩かけて認めるということだ。

私に越えられなかったのは、
規則ではなく、そちらの方だった。

頭に浮かんでいたのは、
『ノルウェイの森』にでてくる女性、レイコさんだった。

一度壊れて、
山奥の療養所から出られずにいる人。

自分も一度「向こう側」に行ってしまえば、
二度と戻ってこられないのではないか。

そんな恐怖が自分の奥の中に住んでいるようだった。

「向こう側」は、ガラス戸の町医者だった

会社を辞めても動悸が治らなかった。
私は意を決して、あの医院にもう一度電話をかけた。

会社を辞めれば動悸は治まるはずだと思っていたが、
治らないのだ。

もう自分が「向こう側」だという事実は受け止める以外にない。

今度は、前日までに予約を入れた。

小さな診療所だった。

空っ風が吹き込んできそうなガラス戸の、
昭和の香りのする建物だった。

小さな駐車場はいっぱいで、
狭い道に、車が縦に並んでいた。

こんなにたくさんの人が、
もう「向こう側」にいた。

狭い待合室に、椅子がいっぱいに並んでいた。
診療を待つ人たちは、
私が想像していたような、暗い表情をしていなかった。

名前を呼ばれ、和室に通された。

看護師さんの聞き取りが始まった。

「子どもを、抱っこしているときです」

「どんなときに動悸が起きますか」と聞かれた。

「仕事でストレスがかかったとき」と答えた。

そのあとに、
「自分でも認めたくないのですが」と前置きして、言った。

「子どもを抱っこしているときです」。

言った瞬間、涙があふれた。

自分でも驚いた。

私は普段、映画を観ても泣かない人間だ。泣くという感情が凝り固まった人間だ。

それなのに、しばらく話せなくなるほど涙がとめどなく溢れた。
号泣。

頭で認めることと、受け止めてもらうこと

最初は、そんなわけがないと思っていた。

抱っこして動悸がするのは、
「急に抱き上げたから心臓が驚いただけ」だと思おうとした。

けれど、抱っこするたびに動悸が激しくなるのがわかると、
もう認めないわけにはいかなかった。

なぜに、抱っこするたびなのだ。

「私は、子どもを抱っこすることにストレスを感じる父親」

そう自覚しないわけにはいかなかった。

そのことは、口に出すずっと前から、自覚せざるを得なかった。
頭では認めていたつもりだった。

だからあの日も、淡々と説明するつもりだった。

けれど、言葉にした途端、泣いていた。
とても激しく。

頭で認めることと、
言葉にして誰かに受け止めてもらうことは、
別のことだった。

30歳ぐらいと思しき女性の看護師さんは、
静かにティッシュを渡して、ゆっくりと肩をさすってくれた。

初対面の30代半ばの男が泣いているのを、
そのまま受け止めてくれた。

母のことを聞かれた。

「私をほめるとき、母はいつも『頭がいい』とほめました。
人間性をほめてくれたことは、ありませんでした。」

そう話したところで、また嗚咽が起きた。

一度ゆるんだ涙腺は、
もう言うことを聞かなかった。

「最初は、泥水しか出ません」

聞き取りは、三十分ほど続いた。

私は途中で何度も泣いたから、
実際はもっと長かったのかもしれない。

看護師さんは辛抱強くカルテを取り、
励まし、受け入れ続けてくれた。

そして、聞き取りの終わりに、こう言った。

「カウンセリングは、井戸を掘るのに似ています。
 先生も、そうおっしゃっています。
 最初は、泥水しか出ません。
 ドロドロした感情しか、出てきません。
 でも、泥を出し切れば、
 いつかきっと、清流が出てきます」

泥水。

自分の中にあるものを、
これほど正確に言い当てた言葉はなかった。

救われた、と思った。

このドロドロした感情も、
出し切ってしまえば、いつか終わる。

希望が見えた瞬間だった。

最初は、泥水でいい

私は、映画を観ても泣かない人間だった。

泣くという感情が、凝り固まっていた。

その男が、あの診察室で号泣した。

感情が壊れたのではなかった。

井戸から、泥水が出はじめただけだった。

もしあなたが、
誰にも話したことのない何かを、
ひとりで抱えているなら。

頭ではとっくに認めているのに、
一度も言葉にしたことがないなら。

無理に話さなくていい。

急いで泣かなくていい。

ただ、いつか言葉にする日、
最初に出てくるのは、きっと泥水だ。

人に聞かれたくないような、
嫌な言葉が並ぶかもしれない。

その言葉の激しさに、
その感情の激しさに、
自分で驚いて、参ってしまうかもしれない。

でも、最初はそれでいい。

いや——そうじゃないと、いけない。

吐き出さない限り、
私たちは、その泥から抜け出せない。

きれいな言葉は、
泥の下から、あとで出てくる。

私は、あの日の言葉を、ここに置いておきたい。

「最初は、泥水しか出ません。
 でも、泥を出し切れば、
 いつかきっと、清流が出てきます」

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